自分のエネルギーを浪費しない

毎日、幸せについて探求しています。

 

昨晩、春に必要な物が自宅の倉庫にあることを思いだし、早めに準備をしておこうと思い立ちました。

 

ところが、

 

『あれ?  鍵がないっ』

 

いつものあるべき場所に、倉庫の鍵だけがないのです。

 

『誰か知らない?』

 

って聞いても、誰も知りません。逆に私が無くしたのではないかとの嫌疑をかけられる始末です。

 

私が倉庫を開けるのは、季節の変わり目ぐらいですので、思い出せと言われても、思い出せません。

 

探し物をしている時の心理状態って、特にイヤですよね、イライラして不安で。

 

ましてや、無くした犯人は私ではないと思っているので、イライラ感が増します。私は父が犯人だと思ったんですけどね。(笑)

 

ここで、今までの私でしたら、父を罵って、

 

『ど~してくれるの~! 早くなんとかしてよ』

 

って騒ぎました。日曜日の夜なので、どうしようもないのにね。ましてや大して急いでいるものでもないくせに。

 

それから、じっとして居られなくて、夜中も鍵を探し回って、眠れなかったでしょうね。

 

でも、幸せの探求をしている今は、そんなことで自分の感情を高ぶらせることもなく、ましてや父を罵ることもなく、そして寝不足になることもありませんでした。

 

『自分ではどうしようもないことに、自分の大切なエネルギーを浪費しない。』

 

これは、感情を落ち着かせる鉄則です。

 

だって、どうしようもないことにエネルギーを使うのは無駄なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生を決めるのは『意志』なのか

毎日、幸せについて探求しています。

 

私達は、『自分の人生を自分で管理している』という自覚があるのでしょうか。

 

私は幸せの探求をするために、自分の思考がどんなものかに注目しています。

 

『幸せになるために、良いことを考えなくっちゃ』

 

って、いつも思っているのですが、そんなに上手くはいきません。(笑)  まぁ、修行中の身でございます。

 

ではなぜ、良いことだけを考えられないのでしょうか。

 

先日、『意志』→『行為』→『結果』ということをお話したのですが、この『意志』の前なのか後なのか、『感情・感覚』という厄介なものが介入してくるのです。

 

これがとても悪いヤツで、私そのものなのです。(笑)

 

たとえば、ダイエットしなきゃって『意志』は正論をいうのですが、一方で『感情』が美味しいものが食べたいなぁって、悪の道に引きづり戻すのです。

 

そこで『意志』は簡単に負けちゃって、『私は意志が弱い』となってしまいます。

 

と、いうことは、私の人生を管理しているのは、『意志』に影響を与える『感情』ということなのか?

 

ん~しばらく人体実験の課題としましょう。

 

 

 

 

完璧なんてない

毎日、幸せについて探求しています。

 

以前の私は、全てを完璧にしなくてはと思っていました。

 

『完璧なデート』

『完璧な旅行』

『完璧な幸せになる方法』

 

今はくだらないと思うけど、その時は、このことで『苦しんで』いました。

 

本来、デートや旅行の企画をすることは楽しいはずなのですが、なぜか『苦しい』のです。

 

相手のことを気遣ったり、自分がこう見られたいと思ったり。相手が思うような反応をしてくれなかったり。ほんと、疲れました。

 

幸せの探求をしてからの私は、こんなことで『苦しまなく』なりました。

 

だって、

 

『完璧なんてない!』

 

って悟ったから。

 

生きていくことに『無駄なエネルギーを使わなくなった』ということでしょうか。

 

たとえば、一所懸命企画したデートを、

 

『ごめん、仕事が入った』

 

って言われてキャンセルされても、

 

『そっか、お仕事頑張って 』

 

って、今は言えると思います。(本当か?(笑))

 

まぁ、人生は、基本的には自分の思い通りにはいきません。上手くいかないことが自然なことで、上手くいかなかったことで苦しんでも仕方ないのです。

 

私のように完璧主義の人、『人生に完璧なんてない』ですからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

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幸せは自然な状態ではない

毎日、幸せについて探求しています。

 

私は人生を『下りのエスカレーターを上るようなもの』と捉えています。

 

ということは、人生は決して楽なものではないということです。

 

幸せの探求をしていて思うのですが、幸せは努力をしなければ、手に入れることはできません。

 

何もしなければ、下がって行くだけです。

 

自分が乗っているエスカレーターを、ひたすら上って行く努力をしなければなりません。一歩一歩上りながら、学び成長していく、これが人生の姿です。

 

何もせずにいたら幸せでいられるということはありません。幸せは自然な状態ではなく、普通は幸せではないのです。

 

なので、幸せになるには、幸せになるための行動をしなければならないのです。

 

 

 

 

その『思考』は幸せに役立つか

毎日、幸せについて探求しています。

 

朝起きてから寝るまで、一日中いろいろなことを考えています。

 

瞑想(らしきこと)もしていますが、その間も何も考えないということでもないので、私は思考が止まっていることが無さそうです。

 

何を考えているのかというと、大半は昨日も考えていたことで、どうでもよさそうなことのように思います。

 

考えてみると、『思考』には良い思考とか悪い思考とかはなく、幸せになるために必要な思考か、役に立たない思考かがあるだけなのだと思います。

 

『良い』『悪い』としてしまうと、『悪い』思考をどうにかしようとしてしまいますが、ただ必要ないだけで、無理やり排除しなくてもよいのではないかと思います。

 

役に立たない思考は、放っておくのが一番です。そうでないと、たくさんあって、大変なことになります。(笑)

 

何かを考えていたら、

 

『その思考は、私の幸せに役立つのか?』

 

と自問してみましょう。大抵、役立たないですから。(笑)

 

 

 

 

 

 

意志と行動と結果

毎日、幸せについて探求しています。

 

幸せになりたいからと、神様にお祈りしたり、神社に参拝したり、高額な壺を買ったりしても、幸せにはなりません。

 

幸せになるには、まず『私は幸せになる』という『意志』が必要です。その意志というのは、自分で自分の人生を管理しているという実感です。

 

幸せは、決して神様の思し召しではありません。自分の意志で幸せになるのです。

 

と、ここまでは今までも分かっていたのですが、今日、新たに分かったことがあります。

 

それは、

 

『幸せになるには、幸せになるための行動をしなければならない』

 

ということです。まぁ、当たり前なんですけどね。

 

バレンタインデーの今日、『片想いの人には、何かアプローチしなければ、気づいてもらえないんだろうなぁ』っていう思考をしていて気づきました。(自分のことではありませんよ(笑))

 

その『アプローチ』は、片想いの人に気づいてもらうための行動でなくてはなりません。いくら自分磨きに励んでも、相手は気づいてもくれませんよ。宝くじに当たりたければ、宝くじを買わなければいけないのです。

 

結果として幸せになりたければ、幸せになるための行動をしなければならないということです。

 

今日は、この『幸せになるための行動』を最近していないなぁと反省しました。不快な感情を取り除く行動だけに片寄っていました。

 

幸せという『結果』になるには、まず、自分の力で幸せになるという『意志』があって、その『意志』に従って、幸せになるための『行動』をしなければならないということです。

 

 

 

 

 

 

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仕事との距離のとり方

毎日、幸せについて探求しています。

 

今日は仕事との距離が上手くとれたと思います。

 

いつもなら、締め切りがある仕事がたくさんあると多少パニックになるのですが、きちんと進めれば、ちゃんと終わることがわかっているので、余裕をもって仕事が出来ました。

 

今日『仕事との距離のとり方』で、事務職の私が心がけたことです。

 

1、自分に与えられた仕事をきちんとする。(自分の仕事以外のことは考えない。)

 

2、目の前の仕事のことだけを考える。(明日以降の仕事のことを考えない。)

 

3、他人の目を気にしない。(皆、自分だけが忙しいと思っているだけ。)

 

4、力まない。(手を抜くのではなく、力を抜く。(笑))

 

まぁ、こんなところです。

 

これから毎日、こんな感じで仕事が出来たら良いのですけどね。

 

この『仕事との距離のとり方』は、幸せな気分というよりは、気楽な感じってところです。