感情と思考 どっちが先?

毎日、幸せについて探求しています。

 

出来事に対する人間の反応として、感情・思考・行動があります。

 

反応の結果の順番として、行動が最後なのは分かります。例え無意識の瞬間的な行動だとしても、『刺激→行動』と直結はせずに、刺激の後に何らかの感情や思考があるはずです。

 

では、感情と思考の順番は?

 

この場合、感情をどう定義するかが問題になります。感情も『動物的な直感』から『価値観に基づく、怒りや恨み』のようなものまであります。

 

例えば、ホテルで就寝中に火災が発生したとします。まず動物的な直感の感情は恐怖です。そして、逃げろと思考し、行動します。瞬間的な危機に対する反応は、こんな感じです。

 

但し、この出来事に対する反応は、他の動物だったらこれで終わりですが、人間はまだまだ続きます。

 

焼けてしまった所持品に対する喪失感。ホテルに対する怒りや恨み。精神的なショックによる後遺症。

 

この時の感情は、その人の思考の結果による感情のように思います。

 

ということは、感情に一次なもの(動物的な反応)と二次以降のもの(思考の結果)があり、ある程度コントロールできるのは、二次以降の感情だということでしょうか。

 

 

幸せの極意

毎日、幸せについて探求しています。

 

毎日幸せの探求をしてきて、分かったこと。それは、

 

『常に幸せであるには、常に幸せだと思えるようになる』

 

ということです。

 

なんだ、こんなことかと思うかもしれませんが、これって非常に難しいのです。

 

『常に幸せだと思える』とは、単にポジティブでいるということではありません。いつもニコニコしていましょうということでもありません。

 

言葉での説明は難しいのですが、敢えていうなら、『何があっても平穏でいられる精神力を持つ』ということでしょうか。

 

人生には、様々なことが起こります。これを避けることは出来ません。

 

でも、その時に出来るだけ平穏でいられる精神力があるかが、『常に幸せでいられる極意』なのです。

幸せは探求するものか

毎日、幸せについて探求しています。

 

と、毎日書いていますが

 

『幸せは探求するものなのかぁ?』

 

と、最近疑問に思い始めました。『探求』というと、探し回っている感じだからです。

 

確かに、このブログを始めた頃は、どこかに幸せになる魔法があって、それを見つければ一瞬で幸せになれるのではないかと思っていました。

 

また、幸せは日々の努力の積み重ねで、徐々になるものだと思っていました。

 

でも探求して私が分かったことは、幸せは心の在り方で、その在り方が、どんな時でも正しいものであるように、日々トレーニングする必要があるということです。

 

今のところの私の答えは、幸せは探求するものではないかもしれませんが、探求しなければ分からないことがあるということです。

 

執着を無くすのは難しい

毎日、幸せについて探求しています。

 

昨日、執着が苦悩の原因だと書きました。そして、私の所有欲について、無くすのは難しいと書きました。

 

今日、新たに気づいたことは、私の執着は所有欲だけではないということです。

 

それは、職業に関する執着です。

 

幸せの探求をしていく中で、組織で働くのではなく、フリーで仕事をしたいという目標をたてました。

 

ということは、いずれは今の仕事を辞めるということなのですが、いざ辞めることを考えると、『私の仕事は他の人には出来ない』とか『安定した収入がなくなるのは不安』とかの思いがあります。

 

これって執着ですよね。さて、どうやってこの執着を取り除きましょうか。執着を無くすのは難しいのです。

苦悩は執着から生まれる

毎日、幸せについて探求しています。

 

苦悩の原因を突き詰めていくと、『執着』に行き着きます。

 

すでに失ってしまった物や人についてだけではなく、失ってしまうかもしれないということも恐怖になりますし、欲しいものが手に入らないということもまた、苦悩となります。

 

人には何かを自分のものにしたいという『所有欲』があります。それは形ある物だったり、恋人や配偶者のような人だったり、職業や肩書き、社会的地位だったりもします。

 

私はこの『所有欲』が強くて、本や服はたくさん所有していたいし、常に物がたくさんあるところで生活したいのです。そして、欲しいものは必ず手にいれたいと思います。

 

これって、完璧に執着ですよね。なので私は苦悩が尽きないのかもしれません。

 

でも、この所有欲が私のモチベーションだったりするので、ものを持たない生活が出来るかどうか。

 

こんなことを考えて、苦悩しています。

現実をあるがままに受け入れる

毎日、幸せについて探求しています。

 

人生には大なり小なり災いが生じます。自分の失敗もあるし、予期せぬ天災もあります。そういった意味では、常に幸せな人生はありません。

 

その『いつも幸せとは限らない』人生で、出来るだけ幸せである為には、思考を暴走させないことが大切です。

 

思考は過去のどうでもよいことを憂い、まだ起こっていない未来のことに不安になります。

 

そこで、

『現実をあるがままに受け入れる』

ことが大切になります。

 

過去や未来は今の現実ではありません。思考を暴走させないためには、今目の前にある現実を、脚色なしにあるがままに受け入れることが肝心です。

奇跡や魔法に頼らない

毎日、幸せについて探求しています。

 

『一瞬で、幸せになる~』とか

『神様にお願いするだけ』とか

『奇跡の~』

 

という本の見出しに誘われそうになります。

 

でも、決して一瞬では幸せにはなれないだろうと思うし、奇跡や魔法のようなものに頼り過ぎても、自分の成長はないと思います。

 

スピリチュアル系の本に、引き寄せの法則や思考が現実化すると書かれていますが、このことを誤読して、単にお祈りだけをしていても、何も奇跡は起きないのです。

 

強くお祈りしただけで願いが叶うなら、私はとっくに宝くじが当たっているでしょう。

 

奇跡や魔法の全てを否定はしませんが、あまり頼り過ぎてはいけないですし、期待し過ぎてもいけないのです。