理想は藤井七段

毎日、幸せについて探求しています。

 

老子が理想とする人の条件は、

・力がはいっていない

・偉ぶらない

・しなやか

・変化に対応するバランス感覚

・子供の様に無邪気な人

な、感じでしょうか。

 

よく『良寛さま』がそれに該当すると言われていますが、私は今なら将棋の『藤井七段』がそうなんじゃないかと思います。お爺さんではないけどね。(笑)  まぁ若いから、子供の様な無邪気さは無くて、逆に凄く落ち着いていますけど。

 

相手を力で負かしてやろう!っていう力みを全く感じさせず、それでも凄く強い。強いのに、相手に不快感を感じさせない。まさに名人芸。

 

さてこれから、力みっぱなしの私は、藤井七段を理想としてみようかなと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

流れに逆らわない

毎日、幸せについて探求しています。

 

私は基本的には強情で、拘りも強い方だと思います。ただ、学校も就職も全て流れ逆らわないで来たので、何の苦労もありませんでした。頑張らなかったということです。

 

振り返ってみると、この流れに逆らわない、委ねるということは、生き方として、とても楽なんだと思います。

 

就職活動で何十社も内定がもらえなくて、自己否定をしている学生を見ると、大丈夫だよと声をかけてあげたくなります。

 

そんな私も、時々仕事が辛くて、『辞めてやる~』って言いそうになりますが、あまり熱くなっても仕方がないので、『なるようになる』と思い直します。

 

仕事の辛さを考える暇があったら、本当に自分がやりたいことを仕事にすることを考えます。

 

『どうやって辞めてやるか』

『私の大変さを分からせてやる!』

『新しい仕事が見つかるか』

 

とか、良くないことを考えるくらいなら(考えてるかな?)、コツコツ次のステップを始めて、タイミングをみてキレイに辞めるつもりです。

 

『何かをするには、タイミングが一番大切』と老子は言います。時の流れに逆らわないということですね。

 

 

 

 

 

 

 

タオ的な生き方を探る

毎日、幸せについて探求しています。

 

このところ『老子』についての本を読んでいます。『老子』が説く『道』を中国語の発音で『タオ』と言い、この『道に従って生きる』ことを、私は『タオ的な生き方』と言うことにします。

 

老子に関する本は、『老子』の内容が抽象的なので、解釈の仕方は著者それぞれで、さらに超訳なるものは、原文からは離れています。

 

でも、それで良いのです。

 

そもそも『道』は感じるものであって、言葉には出来ないのです。私は学者ではないので、一語づつ『この言葉の解釈は』とか『この先生はこう解釈しているのに、この先生は違うぞ』とか考えたりしません。(してるか(笑))

 

なので、出来るだけいろいろな先生の本を読み比べています。

 

あっ、いけない。

 

老子はこの『比べる』『比較』『評価』を良しとしません。比べることで葛藤が起きるのです。(だそうです)

 

私はまず、物事の本質を見て、全てを受け入れることからスタートです。

 

 

黙して語らず

毎日、幸せについて探求しています。

 

自分で言うの変ですが、私は口が達者です。なのに今日のテーマは『黙して語らず』です。

 

このところ会議が続いたので、精神的に興奮状態なのでしょうか、私にしては珍しく眠りが足らない感じです。

 

幸せになる為に、その日の負の感情や思考を、翌日まで引きずらないようにしているのですが、上手く出来ていないのでしょうね。

 

口が達者な人間は、自家発電的にカッーとなってしまい、脳もフル稼働しています。最近あまりに疲れてしまい、仕事から逃げ出したいと思ってしまいます。

 

こんな私が『黙して語らず』を目標にしようとしているのですが、これって私にとって相当努力が必要な気がします。

 

では、今より少しだけでも喋る量を減らしてみましょうか。大丈夫かなぁ?

 

漠然とした不安に、どう向き合うか

毎日、幸せについて探求しています。

 

漠然とした不安にどう向き合うか、が、今日のテーマです。

 

そもそも不安というものは、今起きていることに対する感情ではなくて、将来に対するものです。そして、それが漠然としているということは、ハッキリとした根拠はないということです。

 

漠然とした不安がある場合は、一般的にはまず、自分が何に対して不安なのか、言葉にして書き出してみます。『敵を知る』ということです。言葉に出来るのならば、対処は出来ます。

 

ところが、老子はこのような場合、『今、ここ』ということを言うでしょう。

 

老子が言う『今、ここ』というのは、禅の『今、ここに集中する』というのとは少し違って、成功や失敗、損得という二元性を、もっと大きな視野で捉えて、流れの中の『今、ここ』で全てを受け入れろということなのかなぁ~と思います。(あくまでも私の解釈です)

 

将来に対して、いくら万全の準備をしても、想定外のことが起きる時は起きるのだから、不安になってもしょうがないじゃないか!ってことです。

 

 

 

頑張り過ぎない

毎日、幸せについて探求しています。

 

私が一番恐れているのは『無能な人と見下されること』です。この恐怖から逃れる為に、毎日頑張っているのだと思います。

 

『変わった人』や『偉そうな人』と思われるのは、まぁ仕方ないのですが(笑)、『無能な人』はどうしてもダメなんです。

 

でも老子は、頑張ることを良しとしません。流れに逆らわない、弱くて柔らかい水のような生き方が良いと言います。そして、謙虚である人が理想だとします。

 

そうなんですよね。いくら職場で『優秀な人』と思われても、ちょっと出世するくらいで、いつまで経っても満足できず、幸せにはなれないのです。

 

だからと言って、適当に仕事をするっていうのも出来ないし、キャリアを諦めることも出来ないし。難しいなぁ~。

 

まぁ、あまり頑張り過ぎないってことなんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

自然に委ねる

毎日、幸せについて探求しています。

 

自分は幸せになる為に一生懸命やっているのに、予期せぬことって必ずおこります。

 

脇目もふらず、がむしゃらにやっている時に限ってそんなことになるので、『なんでぇ~』って感じになります。

 

こういう時、老子は『無為自然』と言います。

 

無理に作為的なことせず、自然の流れに委ねるということです。

 

老子は何もしなくて良いとは言っていなくて、無理なことや、作為的なことをしてはいけないと言うのです。

 

がむしゃらになってやることは、そこに余裕がなく、無理があるのでしょうね。

 

『この仕事は、私の力でなんとかしなければ』

 

私は、よくこのように考えてしまいます。これを責任感が強いと自負していましたが、ある意味『執着』なんでしょうね。

 

『流れに逆らわない』

『自然に委ねる』

 

老子の言う幸せは、こういうことなのかもしれません。